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神戸地方裁判所 昭和55年(ワ)124号 判決

原告

菅文和

右訴訟代理人

小川眞澄

松葉知幸

被告

株式会社コイズミ

右代表者清算人

児島善二

被告

児島善二

被告

和泉武美

被告

岩野周治

被告

筒井秋雄

被告

西野寛

以上六名訴訟代理人

小林則夫

主文

一  被告らは、各自原告に対し、金五一一万円及びこれに対する昭和五五年二月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員を支払え。

二  原告のその余の請求を棄却する。

三  訴訟費用は、これを一〇分し、その一を原告の負担とし、その余は被告らの負担とする。

四  この判決は、一項に限り、仮に執行することができる。

事実《省略》

理由

一次の事実は、当事者間に争いがない。

1  被告会社が金地金等の売買等を業とする会社であり、その余の被告らが被告会社の取締役であること(請求の原因1の事実)

2  原告が、被告会社との間に、別表一ないし四のとおり本件契約を締結し、別表五のとおりこれを清算して、昭和五四年八月二七日、被告会社に対し、金五六四万一〇〇〇円を支払つたこと(請求の原因2の事実)

二まず、本件契約締結及びこれに基づく原告の右金員支払が、被告らの詐欺によるものであるとの主張(請求の原因3の事実)について判断する。

ところで、原告の右主張においては、被告会社が本件延べ勘定取引の価格をほしいままに操作できたということが、その根幹をなしている。

しかしながら、被告岩野周治の本人尋問の結果(後記信用しない部分を除く。以下略)によれば、私設市場である本件市場における金地金の価格と現物市場におけるそれとの間には、かなりの価格差があり、本件契約のなされた昭和五四年七月頃においても、本件市場の価格は現物市場よりもかなり低い価格であり、しかもそれがかなりの期間続いたことが認められるのであるから(右認定に反する証拠はない)、後記のように、本件市場における金地金価格は、せりなどの公正な方法によつて定められていたのではなく、何らかの恣意的な方法により定められていたものと推認されるけれども、それ以上にすすんで、被告らが右価格をほしいままに操作していたものとまでは推認することはできず、その他本件全証拠によつても右のごとき事実は、これを認めるに足らない。

そうすると、その余の点について判断するまでもなく、原告の右主張は理由がないものというべきである。

三次に、本件契約及びこれに基づく原告の右金員の支払が、被告らの公序良俗違反の不法行為によるものであるとの主張(請求の原因4の事実)について判断する。

1  まず、延べ勘定取引が商取法二条四項にいう先物取引にあたるかについて判断する。

〈証拠〉によれば、本件市場における延べ勘定取引は、契約に定めた期限に現物の授受をすることが原則とされ、期限前に契約当初予想しなかつた値動きが生じた場合には、再契約により損失の増大を防ぐことはできるが、その場合でも契約上の義務は免れず、中途で差金決済をして当初の売買契約関係から離脱することを許さないとの建前になつていたことは認められるけれども、右乙第一二号証の延べ勘定取引規則及び同準則においても、差金決済を許さない旨の明確な文言は存しないことから(かえつて成立に争いのない甲第一九号証の「延べ勘定取引のしおり」には期限内に売買することは自由である旨の文言がある)、〈証拠〉によれば、実際には、本件の場合のように中途解約との名目で、勘定月を待たず、本件契約により別表一ないし四のとおり買付けた金地金を別表五のとおり転売し、その差金(本件では差損)を授受することによつて決済することを認めており、しかも、被告会社の延べ勘定取引のうち九割までは、本件のように中途解約による清算をしたものであることが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかし、右のごとき中途解約の名目による差金決済を許すのであれば、被告らのいう延べ勘定取引は、結局のところ、「売買の当事者が、将来の一定の時期において当該売買の目的物となつている商品及びその対価を現に授受するように制約される取引であつて、現に当該商品の転売又は買戻しをしたときは差金の授受によつて決済することができるもの」に外ならず、即ち商取法二条四項にいう「先物取引」に外ならないものといわざるを得ない。

2  次に、延べ勘定取引が商取法にいう先物取引にあたるとすれば、延べ勘定取引をする商品市場として本件市場を開設すること及び同市場で延べ勘定取引をすることが商取法八条一項「何人も、先物取引をする商品市場に類似する施設を開設してはならない」同二項「何人も、前項の施設において売買してはならない」の各禁止規定にふれるかについて判断する。

〈証拠〉によれば、商取法八条一項は、同法二条二項にいう同法施行令一条に定められた商品(以下指定商品という。昭和五六年九月政令二八二号によつて加えられるまで金はこれに入つていなかつた)に限らず、あらゆる商品について、同法にいう先物取引をする商品市場に類似する施設の開設を、罰則(同法一五二条)をもつて禁止するものと一般に解され、政府も従来その見解をとつていたところ、昭和五五年四月に至り、政府が突如「同法八条一項の規定によつて禁止される施設に、同法二条二項において定義される商品以外の商品に係る施設が含まれると解することは困難である」旨、従前と異なり、指定商品以外の商品に係る先物取引をする商品市場類似施設の開設を禁止していないとの正反対の見解を打ち出したことが認められ、右認定に反する証拠はない。

しかしながら、商取法一条の同法の目的にこそ明示されてはいないが、同法には九二条ないし九四条等委託者保護の規定があることからみて、同法が指定商品に係る先物取引に関しては、委託者保護をもその目的としていることは明らかであるところ、もし、例えば本件のごとく、必ずしも先物取引に適しないため、従来非指定商品であつたものについて先物取引市場が開設された場合、何らの規制もなしに放置しておけば、先物取引の仕組みについての知識に乏しい大衆が、不正な勧誘により広汎にその先物取引に引き込まれ、公正な価格形式の制度的保証もないことから、市場側の恣意的な価格操作により大きな損害を蒙る等の大きな社会問題を惹起するに至るのは必定であるが、その場合、その商品が指定商品でないからといつて、従前と異なり、商取法はその商品に係る先物取引及びその市場開設を禁止するものではなく、右のごとき結果の発生も容認するものであるというような結論を導き出すことは、到底同法の妥当な解釈と考えることはできず、また今、従来の解釈をそのように変更するのを妥当とするような顕著な事情の変更その他の合理的理由は、本件全証拠によつても何らこれを認めることができない。

従つて、同法八条一、二項は、従来どおり指定商品以外のあらゆる商品につき、先物取引市場の開設及びその市場における先物取引を一切禁止しているものと解すべきである。

同法八条一項が、有価証券市場だけを、証券取引法の規定があるにも拘らず、特に右の禁止から除外する旨を規定していることは、右解釈の根拠となるものと考えられる。

そうすると、本件市場の開設及び本件延べ勘定取引は、同法八条の禁止にふれる違法なものといわねばならない。

3  次に、本件市場において正常な取引がなされ、公正に価格が決められていたかについて判断する。

本件市場の価格は、現物市場における金地金の価格との間にかなりの価格差があり、本件契約のなされた時点においても、本件市場の価格は現物市場の価格よりかなり低く、しかもそれがかなりの期間続いたものであることは、前記認定のとおりである。そして、そうだとすると、そのような時期に一般の顧客が、現物市場で高値なのに本件市場で売り注文をするということはほとんど考えられないから、ほとんどの顧客は買い注文を委託したものと推認される。前記岩野供述によつても、被告会社の勧誘員はその頃もつぱら買いを勧めたものであり、それにも拘らず売り注文を委託した顧客は一割位にすぎなかつたことが認められるのであつて、右推認に反する証拠は存しない。

従つて、もしそのころ、被告会社ら日本国際金取引協会の特別会員が、顧客の委託どおりに本件市場で取引日にせりをしていたならば、顧客のほとんどが買い注文なのだから、当然本件市場の価格は高騰したはずであり、また被告会社ら特別会員において、顧客の買いに対応するだけの多量の売りの自己玉を建てない限り、本件市場における売買取引は成立しなかつたはずである。

しかし、現実には、本件市場の価格が高騰などしなかつたことは前記認定のとおりであるし、また被告会社ら特別会員が顧客の買いに対応するだけの多量の売りを建てたことを認めるに足りる証拠もない。

そうとすれば、原告ら顧客がほとんど買い注文であつたにも拘らず、本件市場の価格は高騰しなかつたのであるから、被告会社ら特別会員が本件市場でせりによる売買をなして価格を決定するという手続は、実際には行われていなかつたものと推認せざるを得ず、本件市場の金地金価格は、市場における公正なせりによることなく、本件市場ないしは、その上部機構であり被告会社もその特別会員である日本国際金取引協会において、恣意的に定められていたものと推認せざるを得ない。

また、そうとすれば、被告会社ら特別会員が、本件市場において顧客の買い注文に対応するだけの売りの自己玉を建てなかつたにも拘らず、原告ら顧客の買い注文について売買取引が成立しているのであるから、右売買取引は本件市場において成立したのではないものと推認せざるを得ず、本件市場以外のところで成立したということは、とりもなおさず、原告の本件契約を含む顧客らの右売買取引は、被告会社を含む特別会員が、直接原告ら委託者の相手方となつて締結したもの、即ち、被告ら特別会員のいわゆるのみ行為であつたものと推認せざるを得ない。

〈反証排斥略〉、その他に右推認に反する証拠はない。

4  次に、被告会社の原告に対する勧誘行為について判断する。

〈証拠〉によれば、被告会社は、その従業員である吉田雄一をして、原告に対し本件契約の勧誘をするに際し、右1ないし3のごとき諸事実はこれを秘して勧誘させ、そのような諸事実を知らない原告をして本件契約を締結させたものであることが認められ、右認定を覆えすに足りる証拠はない。

5 以上認定の事実によれば、本件契約は、商取法八条の禁止に触れる違法な先物取引でいり、また実際には本件市場で売買は行われておらず、被告会社ののみ行為だつたのであり、その価格も同市場ないし日本国際金取引協会においてほしいままに定められていたものであるのに、被告会社において、原告に対してはこれを秘し、右のごとき情を知らない原告との間に締結したものであり、原告は、右のごとき恣意的な価格操作による値下りのため、別表五のとおり、本件契約を中途解約せざるを得なくなり、清算金として被告会社に対し前記金五六四万一〇〇〇円の金員を支払うに至つたものである。

そして、右の本件契約締結から、中途解約による清算金として原告より前記金員の支払を受けるに至るまでの一連の事実は、まさに被告会社の主要な営業活動そのものというべきであるから(前記被告岩野、同和泉の各供述によれば、被告会社の取引のうち少くとも七割までは延べ勘定取引であつたことが認められる。)、被告会社の行為に外ならないものというべく、右のごとき被告会社の一連の行為は、公序良俗に違反し、社会的に到底許容されない違法なものであつて、原告に対する故意に基づく不法行為に該当し、被告は右不法行為により、原告に対し、右金五六四万一〇〇〇円の損害を蒙らせたものというべきである。

原告は、本人尋問の結果によれば、宅地建物取引業を営んでおり、これまでに商品取引や証券取引の経験もあり、本件契約直前の昭和五四年の三月から六月までの間、大阪市の東洋物産株式会社との間に、本件同様の金地金の先物取引をして八〇〇万円の損をしたこともあつた者であつて、先物取引についての一応の知識を有していたことは認められるが、前記認定の諸事実に照らせば、右の事情のみでは、被告会社の本件不法行為の成否の判断を左右するものではない。

四そこで、和解契約成立の抗弁について判断する。

〈証拠〉を総合すれば、次の事実を認めることができる。

1  原告は、本件市場の金地金価格が、別表三の昭和五四年七月一七日の時点では一キログラムが二〇七五円だったのに、別表四の同月二四日の時点では、それよりも下がつてきて二〇五三円になつたので、被告会社の勧誘員天野順一郎に対し売り注文を出したところ、同人から「こんなときに買つとかんと前の損を取り戻せない」「私らの言うとおりにせんから損をする」などと強引に勧誘されて、売りのつもりであつたのが、結局別表四のとおり本件契約四の買いの取引をするに至つた(本件契約四の成立自体は当事者間に争いがない)。

2  しかし、その後も価格は下がつて別表五の時点では一九一四円になつたので、原告はやむなく別表五のとおり本件契約を全部手仕舞とするとともに、本件契約四の買い取引による値下り損は、右天野の強引な勧誘によるものであるとして被告会社の責任を追求し、本件契約四についての清算金について異議を唱えた。

3  そこで、原告と右天野及び被告会社大阪支店長であつた被告岩野との間で交渉の結果、昭和五四年八月一六日、被告会社において、勧誘員の強引な勧誘により原告に本件契約四を締結させ、その結果差損を蒙らせたことの道義的責任を認め、同契約の損金一七七万円のうち七割にあたる金一二三万九〇〇〇円を負担し、原告はその三割にあたる金五三万一〇〇〇円を支払う旨及び双方は以後一切異議の申立をしない旨の内容の和解契約が成立した(和解の成立自体については当事者間に争いがない)。

4  原告は、本件契約一ないし三については、別段強引な勧誘を受けたわけではなかつたから、その差損については、右和解の際、被告会社に対し何らその責任を追求しておらず、本件和解は、本件契約四についてのみなされたものであつた。

5  原告は、右和解に基づき、本件契約一ないし三の損金計五一一万円及び同契約四の損金の三割にあたる金五三万一〇〇〇円の合計金五六四万一〇〇〇円を、昭和五四年八月二七日被告会社に支払つた(右金員支払の事実は当事者間に争いがない)。

右岩野、和泉、原告の各供述中、右認定に反する部分は信用しない。また甲第七号証の和解契約書中には、「以後双方一切異議の申立をしない」との文言はあるけれども、右契約書のその余の文言からすれば、右文言は本件契約四の損金について異議を言わないとの趣旨のものと解されるのであつて、直ちに被告らの主張のように本件契約の損金全部についてのものであるとは認められないから、何ら右認定に反するものではない。そして、そのほかに右認定に反する証拠はない。

右認定の事実によれば、原告は、右和解契約により、本件契約四の損金については、金五三万一〇〇〇円を支払うとともに、右損金については、被告会社に対し以後何らの請求もしない旨、請求権の放棄をしたものというべきである。

従つて、右抗弁はその限度で理由があり、原告からは何らの再抗弁の主張がないから、原告の本訴請求のうち、右金五三万一〇〇〇円につき賠償を求める部分は失当として棄却を免れない。

五次に、被告らは抗弁として不法原因給付を主張するが、原告の本訴請求は不当利得返還を請求するものではないし、準用が考えられるとしても、前記認定のとおり、原告は、被告会社の公序良俗違反行為を知らずに、右金員の支払をなしたものであるから、原告の右行為は何ら不法原因給付にあたらないものというべきであり、従つて、被告らの右抗弁は失当というべきである。

六そこで、被告会社を除く、その余の被告らの責任について判断する。

本件延べ勘定取引の受託という被告会社の主要営業活動そのものが、原告に対する不法行為であることは、前記認定のとおりである。

そして〈証拠〉によれば、被告児島善二、同和泉武美、同岩野周治は、被告会社設立(昭和五一年五月一三日)当初よりその取締役であつた者であり、被告筒井秋雄は昭和五二年一月六日に、同西野寛は昭和五三年四月一七日に、それぞれその取締役に就任した者であつて、いずれも本件当時被告会社の取締役であつた者であるところ、当時被告会社では、少くとも毎月一回取締役会が招集され、主として営業成績について討議がなされていたことが認められ、右認定に反する証拠はない(右被告らが本件当時被告会社の取締役であつたことは、当事者間に争いがない)。

従つて、被告児島、同和泉、同岩野は、右のごとき不法行為を被告会社が営業活動とすることを決定するに際し、これに参画するとともに、以後はこれを推進してきたものであり、被告筒井、同西野も、被告会社の右のごとき営業方針を知つて、これに参画し、以後これを推進してきたものと十分推認することができ、これに反する証拠はない。

そうすると、被告らの右の行為は、原告に対する不法行為に該当するものというべきであるから、右の被告らは、被告会社と連帯して、原告が前記不法行為によつて蒙つた損害を賠償する責任があるものというべきである。

七そうすると、原告の本訴請求は、被告らに対し、各自金五一一万円及びこれに対する不法行為後である昭和五五年二月一六日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払を求める限度で理由があるから、これを認容し、その余は失当として棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条本文、九三条一項本文、仮執行の宣言につき同法一九六条をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。 (山﨑杲)

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